炎天下に繰り出すのは

備忘録、自省

順風満帆な就活時代から、精神病になって休職するまで。

 

 


去る2021年の6月末から、休職をした。

 


その時は、もう限界だった。

まず、食べ物が喉を通らなくなった。約2日間、

ほとんど水しか摂っていなかった。

最後の日は、電車に乗って、まず涙が止まらなくなった。

それから、いつもの喫煙所に着いて、

20分くらい、体が動かなくなった。

心が制御出来なくなると、身体も制御出来なくなる。

聞いた事はあるけど、本当に動かなくなるものなんだと、実感した。

 


何故こんな事になったのか。

 


どこの会社の面接もスムーズに進み、同期の誰よりも早く内定を勝ち取り、

それなりの大企業だったので、就活は順風満帆だった。

無事卒業した、と思ったら、例の流行り疾病。

2ヶ月間、ずっと家でPCの前に向かって研修。

まあ、そこまでは良かった。自主学習の日は一日中寝てても給料満額貰えたし。

 


仮配属期間から違和感を感じ始めた。

教育店舗には4人配属され、

僕が配属された部署の他の3人の同期と、とにかく性格が合わなかった。

性格がきつい女の子からは毎日よく分からない詰めを受け、

サイコパスっぽい男の子からは無視されたと思ったら仲が良い素振りを見せられたりして、とにかく気を遣った。お嬢様の女の子は発言に配慮がまるでない。

最後の送別会は、嬉しすぎてベロベロに酔っ払った。

 


本配属され、新人が僕一人になってからも憂鬱な日々は続いた。

所長は社内でも有名なパワハラおじさん。

今は流石にやらなかったけど、昔は手を出すことも辞さない人だったらしい。

今思えば親心があって優しい所もあったけど、

自分は鈍いというかマイペースすぎて、

毎日のように怒られていた。

 


所長だけでなく、チームリーダーからも、インストラクターからも、

同じチームのベテランの上司からも、

来る日も来る日も、怒られ、嫌味を言われ、

仕事が嫌になり、自信を無くしていった。

 


もちろん自分も悪い所もたくさんあるし、上司も構ってられなかったんだと思う。

周りの人間はこんな所。ここまでは、よくある話じゃないかなと思う。

世の中の人がどう働いているのかは見た事はないけど、

みんな、人間関係に耐えて我慢して働いているんだと思う。

 


僕の場合は環境もあったと思う。

僕がいたセンターは、いわゆる高級住宅街がメインの店舗。

競合他社がひしめき、他のセンターよりもどう考えても難しかった。

会社のエースが集められたようなセンターだったが、

それでも目標を達成出来ない事もあった。

そんな所で、知識も腕もなくて任せられる業務も少ない新人が、

どうしろって言うんだよ。

 


上司もろくに営業に同行してくれないし、営業も教えてくれない。

当然、実績も上がらない。1年働いて契約出来たのは、

5000万円台のマンション1件だけ。

月日が流れてもホワイトボードには0の数字が並ぶ。

で、上司に詰められる。

そんな中、周りの同期は、どんどん実績を上げていく。

焦って必死になっても、全て空回り。

 


そうこうしているうちに、所長の異動が決まった。

もう少しマシになるかと思ったら、

次に来る人もパワー系で有名な人。

別チームのリーダーからは「お前は潰されると思う笑」と言われた。

 


新しい所長が来たら、最初は様子見で優しかったものの、

だんだん牙を剥いてきた。

今まで長く残業しても21時までだったけど、

終電まで残る事も増えた。

この人は叱るというより、罵倒ばかりしてきた。

一番酷いと思ったのは、「お前は運転が下手そうだから」

と言う理由で営業車を運転禁止にされたことがあった。

周りで聞いている人も、所長に同調していた。

誰もおかしいと言う人はいなかった。

このセンターに、自分の味方は誰もいないんだなと思った。

あんたら、何かの知的障害、持ってんじゃねえの。

 


とにかく、早くこの地獄の奥底から逃げ出したかった。

年に一度、本部から配信される異動希望のシートを、

配信されてから30分くらいで「今すぐ異動したい」と入力し、提出した。

 


そうこうしているうちに、休職のきっかけとなった出来事があった。

追い続ければ確実に買うなというお客さんがいて、

毎週のように見学の時間を作ってもらっていた。

そのお客さんが、いよいよ決めようというタイミングがあった。

その時だけは、なんとかお願いして上司に同行してもらった。

 


前日の時間をほとんどをその準備に費やした。

そしてその当日、満を持して、今までで一番力を入れて接客した。

 


申込すら、貰えなかった。

同行してもらった上司には、たくさん嫌味を言われた。

 


センターに帰り、みんなに馬鹿にされた。

もう、耐えられないと思った。

 


それから、最初の話に戻る。

何も食べれなくなった。

眠れなくなった。

涙が止まらなくなった。

体が動かなくなった。

 


心がポッキリ折れた。

 


それから2日だけなんとか会社に行った。記憶はないけど。

 


そして、予約がすぐに取れる精神科に行った。

状況を話すと、30秒くらいで

適応障害ですね。明日から仕事を休んでください。」

と言われ、診断書を出された。

そして、人事部に連絡。

人事の人はお金の心配をしてくれた。

傷病手当金があるので」と言ったら、人事の人からの返答はまさかの「なにそれ?」

そんなの、人事の人ですら知らなくていいくらいホワイトな会社なんだ、本当は。

なんで、俺だけ。

 


でも、電話が終わって、明日からもう行かなくていいんだと思うと、

喜びというか、なんだか嬉しくて、テンションが上がった。

その後、一人で、立ち食いの焼肉屋で好きな肉を食べて、

たくさんビールを飲んだ。それくらい嬉しかったのかな。

隣の女性二人組が、偶然、適応障害の話をしていた。

別に、聞いたりはしなかったけど。

 


で、何もかも忘れたかったから、

東京を離れて、北アルプスに登りに行った。

昔から俺のこと知ってる人は思うかもしれないけど、

そういうとこ、俺っぽいよね。

この事はまた別の記事で書きたいと思います。

 


みなさんも、もうダメだと思ったら、

ちょっとくらい休んでもいいと思います。人生長いし。

あと、困った時は誰かに打ち明けると思ったより助けてくれるし、

最後には日本の制度だったり行政だったりが助けてくれる。

もちろん僕も相談に乗ります。

特に、金銭面のについては色々知ってることあるので、

どうぞお気軽に。

 


次は、休職中に葛藤したこととか、

人の優しさに触れて嬉しかった事とか、

書いていきたいと思います。

ま、気が向いたら書きますね。よかったら読んでください。

 


最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

 


それでは、ひとつよしなに。